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日記

基肄(きい)城跡にゆく

基肄城5

こんにちは!石川です。

皆さんはお盆をどのようにお過ごしになりましたか?

しっかりとご先祖様に会いにいかれましたか?

仕事でいかれなかったという方もおられるでしょうが、

ぜひ、心の中ででも結構ですから、

ご先祖様に感謝の言葉を語りかけてくださいね(^^)/

 

私は、実家の愛知県岡崎市に久しぶりに帰郷し、

たくさんの親戚の方に会ってきました。

そして、しっかりとお墓参りもして、

心を浄化してまいりました。

 

 

さて、昨日、ふとしたことからあるお寺の法要に行くことになりました。

地図を見ると、なんとそのお寺のある山は

古代の山城・基肄城のあった山でした。

基肄城3

基肄城1

 

基肄城といえば、663年の白村江の戦いで敗れた天智天皇が、

新羅からの攻撃に備えて各地に建設した防御施設の1つ。

九州の太宰府の内陸部に移し、その手前に水城と大野城を建設。

そして有明海からの侵入に備えて後方の守りのために

築いたのが、この基肄城です。

 

高校の教科書には出ていたのですが、

あまり有名ではないということもあり、

私もついつい行かずじまいでしたが、

縁あって、昨日、訪問することができました。

基肄城4

 

現在は、草スキー場になっているらしく、

長い草も刈りたてで踏み込めなかったので、

山頂まではいけませんでした。

北面に行けば、博多湾やら太宰府等が見えたのではないかと

思いますが、残念でした。

 

ここに城があったのはわずかな期間だったと思いますが、

それでも、たくさんの人が詰めていたと思われます。

そのご子孫が、現在もたくさんこのあたりにお住まいに違いありません。

千数百年も前から現在まで繋がっているのだという思いが

出てきたら、なんだかとても不思議な気持ちになりました。

いや~…ロマンですねぇ

あなたのご先祖様はどこにいたのでしょうかね?

お盆はもう終わりましたが、ちょっと想像してみてきださいね。

 

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